ここまで読んでくださって、ありがとうございます。ここからは、俺がMSPA2.2に出会う前のことを、正直に書かせてください。かっこいい話じゃありません。でも、どうしても伝えたいことがあります。
殴られても、裏切られても、飲み込んできた
他人の顔色ばかり伺っていた、サラリーマン時代
高校時代、友人から殴りかかられても、俺はその場をやり過ごし、縁を切らずにいました。「イヤだ」と言うことが、危険なことになっていたからです。
サラリーマンになってからも同じでした。積み上げてきた実績は上司に掠め取られ、信じて打ち明けた本音は同僚に告げ口される。誠実でいようとするほど、都合よく利用される。
それでも、どこかで「真面目にやれば報われる」と信じていました。守るという発想は一切なく、ただ「他人にどう見られるか」だけを軸に、仮面を被って生きていたんです。
資格を取っても、評価されても、心の中はいつも空っぽでした。
生活に余裕を持ちたくて、複業を始めた
サラリーマンとして働きながらも、毎月の給料だけを見つめていると、将来への不安がずっと消えませんでした。
誰かに認められたいからじゃない。ただ、自分と家族の生活に、少しでも余裕を持たせたい。それだけの理由で、本業を続けながらフードデリバリーを始めました。
いつかこの生活から抜け出すための手段として、必死に街を走り回っていた時期です。
バイク事故が、突きつけた理不尽
理不尽さと向き合った、事故の頃
47歳のある日、温泉からの帰り道でした。渋滞でノロノロと進む列の中、いつも通りバイクに乗っていました。前に停まっていた車が、確認もせずにドアを開け、俺はそのまま事故に巻き込まれました。
「なぜドアを開けたんだ」と聞くと、返ってきたのは「痰を吐きたかった」の一言でした。相手は法人会社を持つ外国人で、降りてきたのはベンツでした。怪我をさせておきながら「保険は使わない」の一点張り。謝罪の一言もなく、その場を立ち去ろうとする素振りさえ見せました。手から血が流れていても、悪びれる様子は一切ありません。現場検証に来た警察官も、一部始終を聞いて「とんでもない奴ですね」と呆れていました。
示談交渉の場でも、相手の態度は変わりませんでした。同じ社会で生きているはずなのに、法人という形を持っているかどうかで、これほど扱われ方が変わるのか。その理不尽さに怒りながら、俺は「このままでいいのか」と、初めて自分の人生に疑問を持ったんです。
「お金を守る方法」に出会い、法人を設立
この理不尽さに怒っているだけでは、何も変わらない。だったら、今度は自分が守る側に回ろう。そう決めた48歳のとき、お金を守る方法を教えてくれるマサムネさんと出会いました。
フードデリバリーで貯めてきた資金に、事故の保険金を足して、49歳でようやく法人設立に必要な資本金が整いました。誰かに指示されるのではなく、自分の判断で動ける自由を、初めて手にした瞬間でした。
「情報発信」に出会い、人生の棚卸しへ
法人化と前後して、48歳のとき、もう一人の師匠・シリュウさんを通じて、情報発信の世界に出会いました。そこで初めて「人生の棚卸し」という考え方を知り、自分でもやってみようと思い立ちました。
棚卸しで見えてきたこと
STEP1
紙とペンで人生を棚卸し。何がつらかったのか、何に夢中になれたのかを一つずつ書き出した
STEP2
夢中になれることの共通点に気づく(ハンドルを握ること、目の前のことに没頭できること)
STEP3
「信念×源泉=使命」がはっきりと見え、タクシードライバーという仕事につながった
誰かに相談したわけでも、手伝ってもらったわけでもありません。一人で、静かに自分自身と向き合いながら書き出していった先に、自分の使命が見えてきました。
法人がバレて、サラリーマン脱出を決意
ようやく資本金が貯まって法人を設立できたときは、逆立ちしたくなるくらい嬉しかった。でも、その喜びも長くは続きませんでした。49歳のとき、当時勤めていた会社に、自分が法人を設立していたことがバレてしまったのです。
会社からは、懲戒処分も辞さないという内容の手紙が届きました。その手紙を読んだ瞬間、頭が冷えていくのがわかったんです。この会社は、社員の幸せや将来のことなんて本気で考えていない。少しでも枠からはみ出せば容赦なく牙をむいてくる。だから決心がつきました。この会社を去ろう、と。
タクシー会社へ転職、数字が変わり始めた
自分を取り戻した、今の俺
会社を去ると決めてから、タクシー会社に転職しました。「守る・稼ぐ・活かす」を実践してみると、結果は想像以上でした。
転職後の歩み
STEP1
一出番(1回の乗務)で売上10万円超えを安定達成。正月の閑散日には12万円を記録
STEP3
Xでの情報発信をきっかけにAmebaTVから取材を受け「鬼メンタルたっつん」に
5年前の俺には、今の自分は想像もできませんでした。特別な才能があったわけではありません。「守る」という順番を知って、自分らしさを取り戻し、実践し続けただけです。
俺がやったことは、難しいことでも特別なことでもありません。ただ、「自分の人生の主導権を、自分の手に取り戻す」という順番を知って、実践し続けただけです。
タクシー売上向上と「守る力」は、つながっている
俺は今、タクシー売上向上コンサルティングとして発信をしています。
接客トラブルでトラウマを抱え、メンタルが崩れているドライバーは多い。稼げない、体力が続かない、事故が怖い。その悩みの根っこには、たいてい「気力・体力・気持ちの余裕の欠如」があります。
変わり始めたとき、初めて気づくことがあります。
「守る土台がないと、テクニックだけ積み上げてもいずれ崩れる」
これ、当時の俺がまさにそうでした。他人の評価を気にして、自分のペースすら守れずに働いていた。でも守る土台がなければ、どれだけ長時間働いても、結果はついてこない。
だからこそ今、このタイミングでお伝えしたいんです。稼ぐ前に守る。守ってから稼ぐ。守った自分を活かす。この順番が、大事なんです。
不安なときほど、俺たちは「もっと稼がなきゃ」と焦ってしまいます。でも守る土台がないまま突っ走ると、身も心も消耗してしまいます。だからこそ先に、守る。今、かつての俺と同じような場所にいるあなたへ。あなたが踏み出す一歩を、俺はここで待っています。「変える」と決めた瞬間から、すべては動き始めます。